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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
ああ、どうしてこんなことが起こり得たのであろう。窓からも廊下からも、その部屋へ忍びこむ道は全く杜絶していたのだ。ピアノとか長椅子とか、そのほかの調度のうしろには人がかくれるほどのすき間はないのだし、近頃の低い椅子では、その下へひそむことなど思いもよらぬ。つい今し方までこの部屋には、早苗さんのほかに生きたものとては、猫一匹さえもいなかったのだ。
それにもかかわらず、今早苗さんの眼の前に、一人の異様な人物が立ちはだかっていたではないか。モジャモジャの髪の毛、顔じゅうを薄黒くした無精ひげ、ギラギラと油断なく光る恐ろしい眼、ところどころに破れの見えるきたない背広服……どこをどうしてはいってきたのか、このおばけみたいな男は、考えてみるまでもない、女賊「黒トカゲ」の手下のやつにきまっている。
ああ、とうとう、予期したものがやってきたのだ。しかも、人々がやや油断しはじめた虚につけこんで、魔術師のような怪賊は、やすやすと警戒を突破し、幽霊みたいに、ドアのすき間から忍びこんできたのだ。
「おっと、声を立てちゃいけないよ。手荒なことはしやしない。おれたちにも大切なお嬢さんだからね」