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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
なるほど、酔っぱらいの証拠には、男の顔は異様に青ざめていたし、長椅子の下には、ウイスキーの大瓶が、からっぽになってころがっていた。それにしても、その部屋で酒を飲んだものとすれば、少し酔いの廻り方が早すぎるように思われるのだが、書生たちはそこまで気がつかなかった。
ゆり起こされた曲者は、薄眼をあいて、きたなくよごれた口のはたを、赤い舌でペロペロとなめ廻しながら、フラフラと上半身を起こした。
「すまねえ、おらあ、もうだめだよ。苦しくって、とても、もう飲めねえ」
この紳商の応接室を、酒場とでも思いちがえているのか、男はわけのわからぬくだを巻きはじめた。
「馬鹿っ、ここをどこだと思っている。それに、貴様、一体どうしてここへはいってきたんだ」
「え、ウン、どうしてはいってきたっていうのか。そりゃおめえ、蛇の道はへびだあな。どこにうめえ酒がかくしてあるくれえのことあ、ちゃあんと、ご存知だってことよ。ヘッヘッヘッヘッヘ」
「それよりも君、お嬢さんの姿が見えないんだぜ。こいつが、どうかしたんじゃないかい」
別の書生が、それに気づいて注意した。
実に不思議なことには部屋じゅうくまなく探してみたけれど、えたいの知れぬ酔っぱらいのほかには、人の影もないのであった。