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なんごくたいへいき

南国太平記

直木 三十五

線上閱讀直木 三十五《南国太平記(なんごくたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 493,291 字 · 991 頁

青空文庫

綱手は、延び上ったが、牧の顔を知らないし、もう、船は、かなり遠ざかっていた。

「よく似た顔じゃが――」

七瀬は、人影で見えぬ牧の顔を、もう一度確めようと、いつまでも、眼を放さなかった。船頭が

「着くぞよーう。荷物、手廻り、支度してくれやあ」

と、叫んだ。

江戸へ出る時に見た荒廃した蔵屋敷の記憶は、新しい蔵屋敷の美しさに、びっくりした。

十年近い前に見た邸は、朽ちた板塀、剥げ取られた土塀、七戸前の土蔵の白壁は雨風に落ち、屋根には草が茂っていた。邸の中へ入ると、若侍達が薄汚い着物の裾を捲りあげて、庭の草を刈っていた。草取りの小者さえ、倹約しなければならぬ貧しさであった。

それが蔵屋敷であったから、三田の本邸、大手内の装束邸のように立派な門ではなかったが、広々と取廻した土塀、秋日に冴えている土蔵の白壁、玄関までつづいている小石敷――七瀬は、これを悉く、調所笑左衛門が一人の腕で造り上げ――そして、自分が、その調所を敵にするのだ、と思うと、一つの柱、小石の一つからでも、気押されそうな気がした。七瀬は、裾を下ろし、髪へ手を当てて押えてから、綱手へ

「よいか」

と、振向いた。