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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《松のや露八(まつのやろはち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 頁

青空文庫

水引竹刀

一

水引竹刀

一

「こんどの冬の陣には、誰が、初伝を取るか」

「夏の陣には、俺が日記方(目録取り)に昇格ってみせる」

などと門人たちは、その日を目あてに精錬していた。暮の十二月二十五日と、中元の七月十日とが入江道場の年二回の表彰日なので、修業の半期半期を、門人たちは、夏の陣、冬の陣、と呼びわけて免許取りの早さばかり競っていた。

道場は、一ツ橋門内の藩邸にあって、門生はもちろん、一ツ橋家(徳川慶喜)の家中の子弟に限られている。皆伝になると、抱え教授入江達三郎から上聞に達し、家格にもよるが、召し出されて、御番人格、御小姓場、御書院詰、などへ出頭することになるので、剣道そのものよりは、同僚を追い抜いて、十俵でも禄米の高を取ろうというのが、ここに群がれる藩の子弟の唯一の目的であるかに見えた。ご師範――先生――などと敬称はうけても、経済的に門生の心づけがなければ立ちゆかないし、家老だの、勘定方だの、上席の子弟を預かってもいるので、抱え教授というものは、およそ如才がなく、そのくせ、処世下手の無骨者と極まっているから、生活には弱かった。

だが、その入江達三郎でさえ、時には、眉をひそめることがしばしばである。