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なんごくたいへいき

南国太平記

直木 三十五

線上閱讀直木 三十五《南国太平記(なんごくたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 493,291 字 · 991 頁

青空文庫

一つの、波の上を越えると、又その向うに、一つ高く、草の波が立っていた。そして、誰も用の無さそうに見えるこの山頂の草の中に、その起伏をつなぐ、消えるばかりの小径が、つづいていた。小太郎は、一つの腹を廻り、次の頂を越えて

(あの頂へ立てば、この山は、一望の下になるだろう)

と、三度思った。そして、三度とも、未だその向うに、もう少し高い丘のあるのを見たが、四度目に、傾斜した草の中を、登ると、連河内の山々が、遠く黒ずんでおり、右手に、河内平野が、展開して、そこからは、四方が、何んの障害もなく見渡せた。

小太郎は、自分の立っている正面に、一人の影の無いのを知ると

(右か、左か――)

右にか、左にか、人影が見えなかったなら、煙の影が立っていなかったなら――

(運が開けて行く)

と、信じたことは、この夕空の如く、急に暗くなって行かなくてはならぬ、と感じた。小太郎は、この最後の一つの大事を、神に祈りたいような気持になった。だが

(女々しい迷いごと)

と、自分を叱って、右を見た。草原が、段々に、森の中へ消えていて、煙も、人も――鳥の影さえ無かった。小太郎は、女々しい迷いごとと、己の信念の崩れて行きかかるのを叱りながらも、心の顫えるのを、何うすることもできなかった。