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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《新編忠臣蔵(しんぺんちゅうしんぐら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 頁

青空文庫

(あっ? ……)

内匠頭は、ぶるると、脚の関節をふるわせた。湖のごとく澄んでいた心のうえに、突然、暴風のような欣びと、おお、とさけんで、全身を与えたいような疼きとが、鬢の毛の先まで駈けて、怺えようとしても怺えきれない戦慄になるのであった。

『と! ……殿! ……』

ひくい、強い、声とも、嗚咽ともさだまらない、声であった。

内匠頭は、しばらく、無言のままである。欣びと云っていいか、悲しみといっていいか、人間の血液が奏でる最高な愛熱と、複雑な感激の暴風に心を吹かれて、唇をひらくことが出来ないのであろう。

やがて、常と変らぬ、穏やかな語音で云った。

『源五か』

『……は。……はいっ』

春の夕べは、もう闇である。

チラ、と廂のあたりから、白いものが舞い落ちてきた。

風に送られてきた愛宕山の花か、そこら辺りの吉野桜か。源五の背にも、一片とまっていた。

『よう……尋ねて参ったの』

『…………』

源五の骨ぶしが鳴るのが聞える。源五の涙の音が聞える。――その眼へ、きっと、最後のつよい眼を与えて、

『……さらばだぞ』

内匠頭は、しずかに胸をのばした。

ス、ス、ス、と耳から抜けてゆく水袴の衣ずれへ、源五は、嬰児のような惜別にもがいて、わっと声のかぎり、泣きたかった。