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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《春いくたび(はるいくたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 頁

青空文庫

「……そうか」

「それより、ねえ、父さま」

さびしげな父の横顔を見て、おゆきはわざと元気な声をあげながら、

「いま五郎さんに頼みましたから、今夜は蕗餅が召上れますわよ」

そういって店先へ出て行った。

兄のゆくえが知れなくなって五年、ここへきてからすでに三年、口ではあきらめたといいながら、やっぱり父も兄の帰りを待っているのだ、……そう思うとおゆきの胸はかなしさにしめつけられるようだった。

久右衛門ははじめから甲太郎は酢川岳の谷へ落ちて死んだものときめていた。そして現にさがしに行った人たちは、谷川の底にしずんでいた甲太郎の鉄砲をみつけて帰ったのである。同時にまた一方では、じつは江戸へ上って浪人隊に加ったのだという妙な噂もあった。――けれどおゆきは両方とも信じなかった。山に馴れた兄が酢川岳などで過をするはずはない、兄は生きている、きっと生きているのだ。それも噂のように江戸で浪人隊に加っているのではなく、ほんとうは京へ上って勤王党の人々と一緒に働いているに違いない、おゆきはかたくそう信じていた。

兄は日頃から王政復活ということを口にしていた。

新庄藩は佐幕派の勢力が強かったから、友達にも父にももらしはしなかったが、おゆきにはよく話した。