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しゅんでい

春泥・三の酉

久保田 万太郎

線上閱讀久保田 万太郎《春泥・三の酉(しゅんでい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 86,075 字 · 173 頁

青空文庫

――いわないのは……それをいわないのは知らないからだ……

田代も知らない、三浦も知らない、小倉だって知らない。……その知らない三人の名前が出ている。――本極りのように立派に出ている。――うそだ。――でたらめだ。――大与太だ……

かれは投出すように新聞を下に置いた。鬱陶しそうに眼鏡を脱って火鉢のねこいたの上に置いた。――が、そうは思っても……うそだ、でたらめだ、大与太だ、そうは思っても先刻ひろがった身うちの烏賊の墨のようなものは決して退いて行かなかった。――あれほどあかるく晴れていた心の青空にいつか深く雲がまわり切った。――一二時間まえのあの手拭を下げてのう/\と外へ出た自分、鰻屋の出前持に声をかけられて機嫌よく口をきいた自分、柚湯のなかでのび/\と手足を伸ばした自分……そうした、その、何にも知らない、いゝ気な、可哀想なおのれのすがたがいまさらのように惨めにおもい返された……

「若宮さんが、しかし……?」さぐるようにおますはかれの顔をみた。

「…………」

だまってかれは冷えた猪口を取上げた。

「だれもそう側にいなくなって……どうなさるんです、『矢の倉』の先生は?」