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さんごくし
三国志(一)
吉川 英治
Read 三国志(一) (さんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 309,839 characters · 622 screens
五
「ああ、お前は! ……なんてやさしい子だろう」
母は、茶壺を置いて、わが子の劉備に掌をあわせた。
劉備は、あわてて、
「おっ母さん、滅相もない。そんなもったいない真似はよして下さい。ただ歓んでさえいただければ」
と、手を取った。そうして相擁したまま、劉備は自分の気もちの酬いられたうれしさに泣き、母は子の孝心に感動の余り涙にくれていた。
翌る朝――
まだ夜も白まぬうちに起きて、劉備は驢の背に水桶を結いつけ、自分ものって、鶏村まで水を汲みに行った。
五
もちろん劉備が出かけた頃、彼の母も夙く起きていた。
母はその間に、竈の下に豆莢がらを焚いて、朝の炊ぎをしておき、やがて家の裏のほうへ出て行った。
桑の大木の下を通って、裏へ出ると、牛のいない牛小屋があり、鶏のいない鶏小屋があり、何もかも荒れ果てて、いちめんに秋草がのびている。
だが、そこから百歩ほど歩くと這うような姿をした果樹が、背を並べて、何千坪かいちめんに揃っていた。それはみんな桃の樹であった。秋は葉も落ちて淋しいが、春の花のさかりには、この先の蟠桃河が落花で紅くなるほどだったし、桃の実は市に売り出して、村の家何軒かで分け合って、それが一年の生計の重要なものになった。