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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens
「……見ればまだお若いのに」
兼好にも、継ぎ穂がない。「なんで死ぬ気に?」と問いたくもなるが、人が死ぬ気になるまでには、おおむね、人にも話せぬ秘密やら事情があろう。それを根ホリ葉ホリして、自分に何がしてやれるかと考えると、彼には徒らに訊き掘じる気にもなれなかった。
いちど投身した者が生きかえると、生の執着は別人になる。逆に生きぬくためから、性格までが、もんどり打って一変しやすい。
常識ではよくそういうが、いまのところの藤夜叉には、そんな風もみえなかった。わけて前身を語らないので、兼好には今の彼女と比較して見るべくもなかった。彼はただ、自分にしてやれることとして、
「わしが帰って来たからといって、なにも急にこの庵を出て行くにはおよびませんぞ。よいかね。充分、体もよくしたり、身のおちつきも考えてからにしなさいよ。もし行く所がなかったら、なアに二年や三年は、ここにいてもよろしいしさ」
そんなことで、なお数日は、吉田山の庵に身を小さく屋根借りしていた彼女であった。
あるじは、法師でも、持戒のやかましい僧ではない。よくヒョコヒョコと出かけはするが、帰って来れば冗談もいうし、世間ばなしも好きである。