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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

Read 私本太平記(三) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 222,108 characters · 446 screens

Aozora Bunko

べつに、ひそかな天皇のお心待ちは、

「正成(楠木)は、なぜ見えぬか。来るべきはずの正成は?」

と、それの御不安と、そぞろな、いらだたしさの中にあった。

「のう。人々」

後醍醐は、お胸のものをつつみえず、ついに諸公卿を見て、お口に出された。

「かねてより聞いておる者だが、河内の水分ノ庄に住む楠木正成とやらは、まだ参陣してまいらぬな」

「さればで……」

と、侍座では、言ったきりである。

万里小路藤房、季房。

千種忠顕、大納言公敏。

師賢、具行らまで。

たれにも、それは一抹の疑惑となっているらしい。

正成の名が、天皇のご記憶に入っていたのは、もう数年も前からである。

――かの日野俊基や資朝らが、密々同志をつのるため、諸国を潜行していた頃からすでに「――河内の住人、楠木多聞兵衛正成なるものこそ、一朝のさいには、頼みにおぼし召してしかるべきもの」とは、彼らがたびたび奏聞に入れていたことにちがいない。

だから、その一朝の日とは今ではないかと、

「正成、いかにせし?」

との下問も、故なきお疑いではなかった。

が、侍座はみな、おこたえに窮したような顔である。それをながめて、後醍醐は慨然とこう呟かれた。