Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ひがんすぎまで
彼岸過迄
Lesen Sie 彼岸過迄 (ひがんすぎまで) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 195.333 Zeichen · 385 Bildschirme
ここに二三通取ってある。
彼の気分を変化するに与かって効力のあったものは京都の空気だの宇治の水だのいろいろある中に、上方地方の人の使う言葉が、東京に育った彼に取っては最も興味の多い刺戟になったらしい。何遍もあの辺を通過した経験のあるものから云うと馬鹿げているが、市蔵の当時の神経にはああ云う滑らかで静かな調子が、鎮経剤以上に優しい影響を与え得たのではなかろうかと思う。なに若い女の? それは知らない。無論若い女の口から出れば効目が多いだろう。市蔵も若い男の事だから、求めてそう云う所へ近づいたかも知れない。しかしここに書いてあるのは、不思議に御婆さんの例である。――
「僕はこの辺の人の言葉を聞くと微かな酔に身を任せたような気分になります。ある人はべたついて厭だと云いますが、僕はまるで反対です。厭なのは東京の言葉です。むやみに角度の多い金米糖のような調子を得意になって出します。そうして聴手の心を粗暴にして威張ります。僕は昨日京都から大阪へ来ました。今日朝日新聞にいる友達を尋ねたら、その友人が箕面という紅葉の名所へ案内してくれました。時節が時節ですから、紅葉は無論見られませんでしたが、渓川があって、山があって、山の行き当りに滝があって、大変好い所でした。