Classiques japonais avec furigana
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みっつのあざ
怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集
小酒井 不木
Lisez 怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 (みっつのあざ) de 小酒井 不木 (こざかいふぼく) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 196 140 caractères · 396 écrans
彼は、とてもゆるゆる身体など拭いて居られないと思った。
「もういいよ」
こういって彼は、又もや、門の方に眼をやった。蝉が頻りに鳴いて、遠くから機織る音が聞えて来た。
と、この時、一人の女が、手に何かを持って、あたふた門の中にかけ込んで来た。女の顔は土のように蒼ざめ、両眼は血走って居た。
彼はとうとう予期したカタストロフィーが来たと思った。女は間違いもなく患者の母だったからである。
彼はもう絶体絶命だと思った。窓から顔を出すなり、彼は女に尋ねた。
「ど、どうしたんです?」
女は苦しそうに息をはずませ乍ら玄関の前に立ち停った。
「先生、坊やが……」
「え?」
「坊やが……大変な……」
「何?」
「大変なことをしまして……」
「悪くなった?」
「いえ、先生が、お忘れになった、この、大切な御道具をこわしたので御座います」
見ると、女は、壊れた検温器と黒いケースとを握って居る。
彼はそれどころではない。
「坊やの容体はどうです!」
「お蔭さまで、あれから、すっかりもと通り元気になりまして、いたずらを始めて、先生の御道具まで、こわしまして本当にどうも……」
彼の眼からはボロボロと涙が二三滴こぼれた。