Classiques japonais avec furigana
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こぞうのゆめ
潤一郎ラビリンスV――少年の王国
谷崎 潤一郎
Lisez 潤一郎ラビリンスV――少年の王国 (こぞうのゆめ) de 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 71 989 caractères · 144 écrans
(一)の十一
日本の自然主義者は、学問は己よりあるか知れぬが、頭は己より遥かに劣って居るらしい。彼等には文章のうまみを味わう感受性もなく、技巧の使い道を会得する理解力もなく、何処までが「自然」で、何処までが「想像」であるかを、区別する能力が全然缺如して居るのだ。つまり彼等には、藝術家に必要なる素質が、一つも備わって居ないのだ。
あんまり気炎を上げ過ぎて、議論が長びいたようだから、好い加減に打ち止めとしよう。………結局、上述のような次第で、己は自分こそ、藝術家たり得る資格のある人間だと、堅く堅く信ずるようになった。今となっては、誰が何と云ったって、己の信念は挫けはしない。
しかし、己に藝術家の素質があると云う事と、己が将来藝術家の経歴を作るかどうかと云う事は、自ら別問題である。素質があっても、修養の如何に依っては、必ずしも満足な経歴を生む訳には行かない。そうして悲しい哉、己にはどうも其の修養が缺けて居るように思う。いくら修養したくっても、小僧の身分では、到底充分な機会が与えられて居ないのである。
(一)の十一
「修養」と云う言葉にも、さま/″\な意味がある。身体の修養をするとか、学問の修養をするとか、技術の修養をするとかならば、小僧の分限でも、必ずしも不可能な事ではない。