Classici giapponesi con furigana
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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
Leggi 浅草風土記 (あさくさふどき) di 久保田 万太郎 (くぼたまんたろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 162.294 caratteri · 318 schermate
と黙阿弥”という書留の中で、右のように語っている。“どうやら少し目鼻がつきかけた”というのは、けだし、河原崎座の立作者、二代目の河竹新七として、市川小団次のために、“忍ぶの惣太”(都鳥廓白浪)を、つづいて“五十三次天日坊”を書下して、成功し、漸くその存在を認められるにいたったことを述懐しての上だったろう。
ところで、“ねじやか堂地内”のその寝釈迦堂である。……一たい、どこにあったのか?
『浅草寺志』(文化十年刊)によると、仁王門から雷門へ出る筋を、嘗て、南谷といい、その南谷の東側には、正智院、寿命院、長寿院、円乗院、正福院、智光院、西側には、梅園院、実相院、松寿院、金蔵院、観智院、日音院等の坊舎が並んでいた。寝釈迦堂は、このうちの、正智院の境内に属していたのだった。……といっても、この正智院の境内は、惣地坪、九百三十三坪七合余というのだから、随分と広かったらしく、釈迦堂の外に、護摩堂があり、地蔵堂があり、木食堂があり、稲荷の社があって、あるいは四間の三間、あるいは二間半四方、あるいは三間の二間、といった工合の大きさを、それぞれのその建物がもっていた。