후리가나로 읽는 일본 고전
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
戸坂 潤의 世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 215,338자 · 422화면
日本は民衆がないということは、それだけ民衆の幸福を意味するのではないのだ。
日本に於て政治的に存在するものは、民衆ではなくして単に人民に過ぎない。人民とは家臣達の関係のアトミズム化したようなものに過ぎない。日本に於て民衆として存在するものは、民俗学的な、土俗学的なものでしかないのだ。市井、巷間に横たわるものが民衆ということである。今日の社会用語で、人民と呼ばれ、民衆と名づけられるものは、民間的のものでなければ、市井的なものだ。民衆には宗教を造り与えねばならぬ、とヴォルテールが云った。あの民衆のような段階の民衆なのだ。だから世論という言葉も結局に於ては社会的に信用を博することが出来ないのであって、日本ではそれが巷説とか甚だしきに至っては流言飛語とかと名づけられている。
民衆という言葉は最近頻に使われる様になった。云わば之は最近発見された一部の人間達の間の合言葉のようなものだ。民衆は発見されたようだ。だが発見されたと思われる日本の民衆とは、否、彼等一部の人間達が発見したと称する日本民衆とは、右に述べたような民衆でしかない。日本の民衆がいつまでもそういうものであるなら、併し、吾々は今更そんなものを発見した処で何の役にも立たない筈だ。