일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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わたらせがわ

渡良瀬川

大鹿 卓

大鹿 卓의 渡良瀬川(わたらせがわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 280,528자 · 557화면

아오조라 문고

こうして館林以東の邑楽郡の大半が泥の湖と化すのに一時間とはかからなかった。

しかも各地の出水は容易にひかなかった。五日、十日、場所によっては半月たって漸く干潟のようになった田畑を見る有様だった。殊に堤防の切れ先はどこも一面の砂原と変り、神明西などはその傍に大きな泥沼ができて、そのとろりとした水面に秋雲の影を宿していた。後の調べによると、西谷田一カ村の被害だけでも、死亡四名、家畜の斃死千二百余頭、家屋倒壊百五十戸、破損三百五十戸、浸水四百十六戸、田畑の流没二十一町、土砂侵入七十四町、浸水七百九十五町、堤防決潰五カ所、破損二十四カ所、橋の流失十六個という凄じさで、もって沿岸一帯の被害がどれほどのものかを覗うに足りた。

九月十八日ついに松方正義に大命が下った。この間にすでに松方、大隈、後藤三者の提携が成立っていたが、後藤は心臓病のために入閣を辞し、松方大隈の連立として二十八日に全閣僚の任命を見た。すなわち松方は総理大臣で蔵相を兼ね、大隈は外務大臣として事実上の副総理であった。内務は樺山資紀、農商務は榎本武揚であった。

この下馬評がほぼ碓実視される頃は、正造はすでに帰郷して、洪水の土なお乾かぬ地方を奔走していた。