일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

弁証法的論理は実践的論理である、之に反して形式的論理は非実践的・観想的論理である(二つの論理学のこの対立が、二つの世界観のかの対立に相当する所以は茲に重ねて明らかである)。

観想的世界観――観念論的存在論――形式的論理学、実践的世界観――唯物論的存在論――(唯物)弁証法的論理学。之が哲学のこの三つの根本契機を通じて見出される、一般的な・基本的・基準的な、二列の連帯網であった。

さて人々は、この二列の哲学イデオロギーの基本的な連帯網が、最も性格的に現われたもの、それがとりも直さずブルジョア哲学とプロレタリア哲学(マルクス主義哲学)であることを見誤るまい。丁度一切の社会機構がこの二つの階級性格に集中されて行くのが歴史の必然的な趨勢であることに対応して、哲学のイデオロギーも亦、それがイデオロギーであるからには当然、二つの階級イデオロギーの性格を著しくしつつある。之がイデオロギーとしての哲学の現在の世界状勢であるように見える。

だが一つの大事な問題が残っている。論理学と雖も結局世界観から出発した、処でどの世界観を取るかはさし当り人々の又は――仮に階級を設定して見るなら――階級の自由又は宿命である、なぜなら少なくとも世界観が哲学体系にまで組織立てられない内に、それの是非は判らない筈だから。