일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

弁証法というものの意味の成立する場所は、世俗的な存在としての所謂歴史にはなくて、例えば神学的な(吾々は之を寧ろ形而上学的と形容すべきだ)始原的歴史(Urgeschichte)にあるかも知れない。併し弁証法自身は所謂歴史自身の内に成立する。否、歴史の意味は始原的歴史に於て成り立つだろう、併し歴史自身は歴史自身に於てしか成立しない。そういうことが歴史の、非形而上学的・唯物論的・な原理なのである。西田哲学は歴史を産み歴史を包む立場に立つことによって、この歴史的原理を否定する。吾々が之を現象学的と呼んだ所以である。この時弁証法が凡そどんな弁証法にならねばならぬかは想像に難くない。――だからこの頃、某新聞の宗教欄で、西田博士が牧師や僧侶の愚劣な相手をさせられていたのも、必ずしも博士自身に責がないのではない。

西田哲学の是非を決定的に判定する資格は今の私にはないが、ともかくこうやって、一応その性格を描写することは出来る。こうすれば西田哲学が、どのような社会的・政治的・な意味を持った観念形態であるかがすでに判らねばならない筈だ。だがそれだけではない、西田哲学は西田学派にまで、或いは云わば京都学派にまで、現に発展しつつあるのである。