후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
理論の動機が実践であり、理論の形態が一つの実践であり、理論の手段として一種の実践手段が用いられ、理論の環境が実践であったが故に、初めて、実践が理論の客観性の実際的な決定者となるのである。
で、こういう実践とか実際生活とかによって、人間という主観がもつ処の理論の客観性が判定される、即ち保証されるのである。人間が事実上、社会階級を形成し又政治的党派を結成しているなら、この階級生活や党派生活が彼等の実際生活の特徴になるわけで、こういう実際生活が動機となっている処の、従って夫によって実際的にその客観性が判定出来る処の、哲学的理論も亦、その際は階級的となり党派的となるのである。
処でギリシアの哲学者達が、哲学の動機の他に、哲学研究の社会的条件を考慮していることは注意に値いする。それによると哲学は余暇の産物だというのである。之は哲学の動機をば実際利害を超越した驚異に置いたことと全く一致する考え方であって、その点からすれば至極尤もな考えと云ってもいいのだが、併し当時余暇を有つことの出来た人間は凡て奴隷所有階級にぞくしていたという点を注意すべきで、当時のこの社会階級関係を抜きにしてはこの言葉は無意味になるのである。