후리가나로 읽는 일본 고전
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川 英治의 忘れ残りの記(わすれのこりのき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,050자 · 383화면
語るべからざるものとすら思っている。家族にさえ身の上ばなしめいた話は余りしたことがない。弟妹たちはうすうす知る所もあろうが、まだ二十歳前の息子たちも、父については眼の前に見る父のほか何も知るところはないであろう。
ところが稀、角川書店版の昭和文学全集の「親鸞」の巻末に、ぼくも自分の著者年譜を附けなければならなくなり、初めて自分の六十年を一歳から誌してみた。それは何の学歴もなし順当な生い立ちもないぼくなので、自然一風異なった年譜になった。口のわるい友人たちは「本文は読まないが巻末の年譜だけはおもしろかった」と云ったりした。しかし、そうかなあ、と思っただけで、かくべつな理由を自分の経歴に振向けてみる気にもならなかった。
半自叙伝を書けと望まれたのはそれ以前からの事である。もちろん謝りつづけてきた。だが、たびかさなると自然両者の間に言質みたいなものが生じたり自己の中にも書く気はないのに描くばかりな構想などをつい持ってしまうものである。あいては文春のSさんだ。牛はくたびれていて坐ってもしまいたい程なのに、も一つ荷を乗ッけて牧童みたいに棒切れを振る。牛はばかだからつい歩き出すというわけである。