후리가나로 읽는 일본 고전
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川 英治의 忘れ残りの記(わすれのこりのき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,050자 · 383화면
昭和十七年
昭和十九年
昭和二十年
東京・大阪朝日。その他。十二月大東亜戦争始まる。三月十日、午前十一時、赤坂表町の家居、近火にて半ば類焼。
昭和十七年(1942) 五十歳
一月、長女曙美生る。連載中の「三国志」、「新書太閤記」等のほか随筆数篇を各誌に。十月、海軍軍令部戦史部嘱託として、画家橋本関雪氏と共に、海軍機にて南方を一巡、十二月初旬帰る。朝日紙上に「南方紀行」を載す。文部省嘱託、教科書編纂委員を命ぜられる。
昭和十九年(1944) 五十二歳
前年来わずかに随筆、短篇数作あるのみ。読売新聞の「新書太閤記」のみは続く。その間、海軍戦史部より戦史執筆の依嘱あるも刊行企画の内示あるのみにて終る。
三月、全家西多摩郡吉野村へ疎開。
四月、急性肺炎にて仆れ、一時重態に陥つ。随筆家にて司法次官の友人大森洪太氏の慫慂にて全国の刑務所を同省委員等と視てまわる。健康をそこね、帰来、再び病床になずむ。
昭和二十年(1945) 五十三歳
三月九日夜、東京空襲にさいし、淑徳女学校在学中の養女園子死去す。学徒徴用令に応じ農林省山林局の女子挺身隊にありての犠牲なり。文子等家族、数日、焦土に行方を求むるも一片の遺物だになく、吉野村の庭隅に唯そのかたみを葬うて父自ら法名を案じ“清鶯帰園童女”と名づく。