후리가나로 읽는 일본 고전
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川 英治의 忘れ残りの記(わすれのこりのき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,050자 · 383화면
明治四十四年
明治四十五年・大正元年
十一月、第一ドックの入渠中船腹の足場にて、作業中足場板もろともドックの底に陥つ。人事不省となり、横浜十全病院のベッドにて意識つく。
一ヵ月余入院、歩行可能となり、十二月退院帰宅。同月二十五日頃、父母に上京の志望を告げ、苦学を思いて、東京へ出る。懐中一円七、八十銭を持つ。
本所相生町のキリスト教青年会の職業紹介所の世話にて菊川町のラセン釘工場の工員宿舎に入る。室夜具代引き日給二十八銭。初めて東京にて越年。
明治四十四年(1911) 十九歳
青山南町の伯父なる学習院教授斎藤恒太郎氏を頼りて、かえって説諭をうく。寄宿、附近の手提金庫製作所に替わる。同工場主の厚意にて、蔵前工芸夜学校の図案科に通学約半年、同工場塗工部の吉田氏のすすめにて会津蒔絵家の塚原氏の徒弟になる。浅草三筋町裏の三軒長屋の一軒なり。師弟二人きりの男世帯。米とぎ、水汲み、何でも学ぶも、塚原氏外泊多く、深更の勉学によく読書加わる。
明治四十五年・大正元年(1912) 二十歳
休日、句会などへも出初める。井上剣花坊、近藤京魚、伊上凡骨、川上三太郎氏らと相知る。「新川柳」発行にあたり柳樽寺同人となる。雉子郎と号す。