후리가나로 읽는 일본 고전
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くろふねぜんご
黒船前後・志士と経済他十六篇
服部 之総
服部 之総의 黒船前後・志士と経済他十六篇(くろふねぜんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 121,901자 · 247화면
妻は病牀に臥し児は飢に号くと詠った梅田雲浜の貧乏は一通りのものではなかった。姪の矢部登美子に雲浜みずから述懐した話というのに、信子が嫁にきた時分(弘化元年雲浜三十四歳)、自分はこの京都にある藩校望楠軒で講主をしていたが、赤貧洗うがごとくで、妻帯なぞは思いもよらぬ。かたく断わったが、立斎先生(上原立斎)は娘をどうでも貰ってくれといって、他に許婚までしてあったのを破約して無理やり信子を押付けてしまった。むろん信子が才色兼備の女だとは、かねて知っていたものの、まだ二十歳に足らぬ女で、どうするだろうと危ぶんでおった。そのうちに長女竹子をあげる(弘化三年)、家はますます貧乏になる、たった二畳敷の浪宅に親子三人が、日に一食か二食で暮せるうちはまだしもよかったが、後にはそれさえ窮して、『大日本史』数葉を書写して門人の鳴尾(順造)に二朱で売ってやっと粥を炊いて凌いだこともあった。信子は辛がりもせず、事足らぬ住居なれども住まれけりわれを慰む君あればこそ、などと詠み、いじらしい心根であったと、暗然として亡妻をしのんだ。
雲浜が藩の忌諱にふれて素浪人になったのは嘉永五年でこの年長女竹子についで長男繁太郎が生れ、おまけに雲浜自身病気あがりで、どうにも凌ぎがつかぬところから、一時洛西高雄に引移ってかねて覚えのある医者の看板を出し