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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
喜兵衛はこみあげてくる咳をこらえるために、やや暫く息を休めた、「人間には寿命というものがある、養生不養生によって、生れつきの寿命を損うこともあるが、自分の躯の調子によく気をつけていれば、どうしたら寿命を保つかということはわかるものだ、それにこの暮に迫って、店をあけるなどということはできない、大丈夫だから心配はしないでおくれ」
その日は琴の稽古納めがあった。午ごろになると喜兵衛は、もうおちついたから着替えをしていっておいで、とおしのに云った。
「あとで起きたりなさらなければ」とおしのが云った、「でも、お父つぁんは、あたしがいなくなるときっと起きてしまうでしょ」
「まだそんなことを云うのか」と喜兵衛は枕の上で首を振った、「あまりうるさくしないでくれ、病気の起こっているときはこらえ性がなくなるんだから」
「ごめんなさい」おしのは明るい調子で云った、「じゃああたしいって来ます」
「私は眠るからゆっくりしておいで」
「はい」おしのは元気に頷いた。
二人の女中、特にお孝と、手代の徳次郎によく頼んでおいておしのはざっと身支度を済ませ、家を出てから辻駕籠をひろった。むろん稽古納めにゆくのではない、まっすぐに亀戸の寮へ走らせた。