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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
おそのというその妻女は、初めの一度で彼のとりこになり、五度ぐらいかよって来ると、「金を出すから自分で開業したらどうだ」と云いだした。彼はそのとき危ない立場にあった。婦人患者の一人が、彼の子をみごもり、良人にみつかって自殺したのである。治療ちゅうにふとあやまちを犯したもので、相手が誰かという証拠はなかったが、良人は彼だと見ぬいているようであった。
「あのときは助かったな」と彼はそのときの危なかった立場を思いだすように、ちょっと身ぶるいをした、「――むさし屋のおそのがあらわれなかったら、徳田家にもいたたまれなくなったろうし、いまごろは人足にでもなっていたかもしれない」
徳田家を出るに当って、おくにを伴れ出したのもよかった。おくには彼の秘密を知っていたが、それが伴れ出す理由ではなかった。家を持つ以上、誰か身のまわりの世話をする者がなければならない、また彼の「治療法」は特別だから、むろん代脈などは使えないし、事情をのみこんでいる者のほうがいい。おくにはこういう条件を備えていたうえに、いざとなれば逐い出すこともたやすい。
――やがて資産を仕上げて、しかるべき家から嫁を貰おう。