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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

それから立ちあがって、あたりを眺めまわした。

――片づける物はない。

いつどうなるかわからない躯なので、始末すべき物はいつも始末してある。人に見られて恥ずかしいような物はなにもない。慥かだろうか、おしのはなおよく、部屋の中を眺めまわしてから、おまさを呼んだ。

「でかけるからね」おまさが来ると彼女は云った、「着替えるから手伝っておくれ」

「おでかけですって」おまさは屹と顔を緊めた、「冗談にもそんなことを仰しゃらないで下さい、この寒さにそんなお躯で」

「いいわ、それなら頼まない、もうさがっておくれ」

「さがりますけれど、お出し申すわけにはまいりませんから」おまさはきっぱりと云った、「お医者さまにも云われていますし、あたしが見たっておでかけになれるようなお躯じゃあございません、あたし力ずくでもお出し申しはしませんから」

「そう、それならちょうどいいわ」

おしのは机のほうへゆき、抽出をあけて、さっきの金包みを取り出すと、おまさの前へ押しやって云った。

「これをあげるから出ていっておくれ」

おまさは蒼くなった。

「これはなんですか」

「給銀のほかに、僅かだけれどお礼がはいってるわ」