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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

六

小屋は休みでも、楽屋番はずっと詰めている。次の興行のために、裏方の出入りがあるためだが、出語りの芸人が、毎日そう楽屋を覗くわけにはいかない。楽屋番の平造という老人にはそれだけのこともしてあり、平造もよく心得てはいるが、それにしても「知らせはなかったか」と訊きにゆくことは、自尊心がゆるさなかった。

「一年ちかくも逢っていて、いどころも訊きだせなかったなんて」彼は自分に舌打ちをした、「岸沢蝶太夫ともある者が、だらしのねえ話だ」

いや、こっちもだらしがなかったかもしれないが、あの娘も隙はみせなかった。もう一と押しというところでいつも躰を躱す、あのみごとさはどうだ、と彼は思った。彼はよく考えてみて、それから独りで笑った。

「おい、しっかりしろ」と彼は云った、「生娘だから遠慮をしていたんだ、それだけのこった、こんどこそ、力ずくでもものにしてみせるから見ていやあがれ」

むささびの六は姿をみせなかった。

六

六助も来ず、仲次郎のあらわれるようすもなかった。

蝶太夫は師匠の岸沢小式部の稽古所へかよい、弟子たちに稽古をつけると、次に常磐津豊後大掾の家へまわって、次の狂言に出す語り物の三味線を合わせる、という日を送っていた。