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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

吉川英治『剣の四君子・日本名婦伝』。同一底本的分册已合并为一书。收入:剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 页

青空文庫

自分も年少のときから、彼に剣法を授けられたものであるが、近頃は戦陣の軍務に忙しく、まことにその道も怠っていたが、やがて今度帰陣のうえは、いちどぜひ急加斎を伴れて浜松へ見えよ」

と、なつかしそうに云ったという。

この急加斎というのは、奥平氏の一族で、孫七郎公重といい、剣は、上泉伊勢守の門流を汲み、神陰流の奥秘に達して、さらに三河国奥山明神に参籠して、自己の哲理を発明し、以後みずから称えて「奥山流」といっていた人である。

家康はなおその家中にも、有馬大膳という剣客を召抱えていた。大膳は新当流を以て久しく家康に手をとって師範していたが、その嫡流の絶えたため、後に家康は、その孫の有馬豊前に家名を継がせ、一族を紀州家に転職させている。これらの遺事は、家康も剣道を学んだという例証によく語られている場合が多い。

二代の江戸将軍家たる秀忠は、家康以上、剣磨の行には熱心だった。当時ようやく、剣道の真価がみとめられ、また剣と人生、剣と武士道が、併行的に磨き上げられてきた時代である。いわゆる「一剣天下ヲ治ス」と当時に標語されたように、剣の哲理と経国の道――すなわち政治性とのかかわりなども深く考えられていた。