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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

吉川英治『剣の四君子・日本名婦伝』。同一底本的分册已合并为一书。收入:剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 页

青空文庫

十一

強いて、武人の中で、知識人らしい人柄を求めれば、明智光秀であったろうが、藤孝は、彼のように、新しい時代の教養よりも、むしろ古い学問の中から、今日に役立つものを取上げて、堅実に世を渡ってゆくといったふうな行き方であった。

同じ知識人でも、文化に対する考え方でも、光秀とはそういうふうに違っていたが、その明智光秀と彼とは、切っても切れない、深い縁に結ばれていた。

光秀がまだ名もない一介の漂泊人として、越前の朝倉家に寄寓していた頃、藤孝も、三好・松永などという乱臣に都を趁われて、国々をさまよっていた将軍義昭に扈従して、同じ土地に漂泊していた。

――今、真に頼みがいある武将といっては、尾張から出た織田信長殿よりほかに、頼みまいらす御方はありますまい。

光秀は、その時分から、信長の偉大なことを知っていたのである。

彼のすすめに依って、藤孝は、信長へ近づき、信長は将軍義昭を立てて、京都へ軍をすすめ、それがやがて信長の覇業の一礎石となったのであった。

同時に、藤孝も、この勝龍寺の旧領を受け、わけて明智光秀は、破格な寵遇をうけて、亀山城の主とまで立身した。――今生では報じきれない君恩をうけて来たのである。