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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

吉川英治『剣の四君子・日本名婦伝』。同一底本的分册已合并为一书。收入:剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、剣の四君子、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝、日本名婦伝。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 页

青空文庫

三

十本勝負のうち、九本まで、泥舟が勝った。

「あと一勝」

と、さらに気負いかかると、静山は槍を捨てて、その夜初めて、莞爾と笑い顔を見せた。

「弟よ。もうよい」

「え……?」

「天授の槍法を感得したのだ。これでわしも初めて安心した。さらば、永く別れねばならぬ。命を愛し、国に報ぜよ」

沁んみりと云う。じっと泥舟を見つめる。そして裳を曳く人の如く、遅々と、名残惜しそうに、道場の裏戸から静山は戸外へ立ち去る――

「あっ、あっ、兄上っ……」

泥舟は蹌ぼうた。追えば去り追えば去り、寄せつけぬ兄の影を追っては叫んだ。

「まっ、待って下さいっ……」

彼はいつか大地を馳けていた。慥に彼の足の皮膚は凍てた地の霜に破られて血をにじませている。とはいえ、家の何処の口から出て来たか、垣を越えてか、門を開けてか、それはまったく覚えないのである。

「兄上っ。兄上っ……」

唯、何度か呼び、何度か残月に哭いた。道は白々と、人影もない。有るのは、先に行くかのような静山の影と、自分の惨たる姿だけだった。

気がついて見ると――彼はいつか一箇の墓石の前に坐っている自分を見出したのである。見まわせば、そこは覚えのある山岡家の菩提寺駒込蓮華寺の墓地であった。