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ようちゅう
妖虫
江戸川 乱歩
「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页
やがて、歩一歩、近づくに随って、そのものの形態がハッキリと分って来た。
それは人間ではなかった。何かゾッとするようないやらしい、一種の生物であった。一口に云えば、茹でた海老を千倍に拡大したような、嘗て見た事もない怪動物であった。
事務員は立ちすくんでしまった。昨夜の夢がまだ醒め切らないのかしらんと、我れと我目を疑わないではいられなかった。
その怪物は生きているのか死んでいるのか、じっと横わったまま、少しも動かなかった。巨大な螯がニューッと頭の上に突き出し、光沢のない、べら棒に大きな両眼が、こちらを見つめているけれど、別に飛びかかって来る様子はなかった。
事務員は立ちすくんだまま、いつまでも、そいつと睨めっこをしていた。じっと見つめていると、眼界が夢のようにぼやけて、八階の大ビルディングが、箱庭のおもちゃの家のように小さくなって行った。
それは、建物の前に横わっている怪物と、寸法を合わせようとする、心理的錯覚であった。ビルディングがおもちゃみたいに縮小された時、それに比例して怪物を一匹の虫のように小さく考えた時、初めてそのものの正体が明瞭になったのだ。