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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

怪物の二本の巨大な螯は、転がされた反動でブルブル震えていたが、その震えがいつまでたってもやまなかった。やまないばかりではない。螯は明かに怪物の意志によって動き始めたのだ。

やがて、二本の螯が、頭の上で、大きく半円を描いたかと思うと、今度は、巨大な虫の全身がモゾモゾと動き出して、まともに起き返ろうと身悶えするかに見えた。アア、この怪物のような大蠍はやっぱり生きていたのだろうか。

忽ち「ワーッ」という叫び声と共に円陣がくずれた。気の弱い連中は、顔色を変えて、向う側の建物の中へ逃げ込んでしまった。

「生きている! 生きている!」

人々の間に、驚愕の呟きが拡がって行った。

熱帯国には様々の巨大な生物が棲息するという事だ。雀を取って餌食にする大蜘蛛さえ棲んでいる。だが、ここは熱帯国ではない。東京の真中のビルディング街だ。ラッシュ・アワには何十万という群衆が往来する雑沓の地だ。そこに人間大の蠍が蠢いているなんて、余りに荒唐無稽、余りに信じ難いことではないか。

「アア、分った。あれは人間だぜ。人間があんな変てこな虫の衣裳を着ているんだぜ」

誰かがやっとそこへ気がついて叫んだ。