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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
「ほほう、そうか、ふん、空腹か」
「ええ、ふしぎなくらい空腹なんです、三年ばかりまえにいちどこんな事がありました、あれは慥か殿さまのお供をして葛飾のほうへ鴨を捕りにいったときでしたが、途中から雨になって」
「それはいいが用事はどうした」右衛門はそろそろがまんが切れてきたらしい、「――空腹であろうとなかろうと、用事を頼まれたら先にその報告をしなければならない、おまえは十時に家を出ていった、満信までは往復十七八町、もう二時間以上も経っているではないか、……が、まあいい、返辞を聞こう」
「返辞っていいますと、なんの返辞ですか」
右衛門は眼をつぶって、口の中でなにか呪文のようなものを呟いた。それからごく慎重に眼をあいて、穏やかにこう質問した。
「おれはおまえに満信へ使いを頼んだ、手紙を持たせて、返辞を聞いて来るようにと頼んだ、そうではないか」
「そうですとも、そのとおりです」
「うう、……で、おれは、その返辞を聞きたいのだ」
「ああそうですかその返辞ですか、それなら食事が終ったらすぐいって来ます、手紙はここにちゃんと持っていますから安心して下さい、決して無くしたりなんかしやしません、ちょっとばかり皺くちゃにはなりましたけれど、これで私もそこまでずぼらではないですから、ええすぐいって来ます」