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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
二の二
こんなふうに云っているが、実際のところは洗濯町という下品な娼婦街で、なじみの娼婦のために剃刀で斬られたということであって、その当の娼婦から直接に聞いた者があるのだから、このほうが事実らしい。彼の名は本多孫九郎という。
「野村の吉太郎が典木を訪ねてゆきました」
彼は誰かをあざ笑うような表情で、こう云って、高頬の傷痕をぴくぴくと動かした。
「かれらは典木泰三に会見を申込んだのです、野村はその使者です」
二の二
泰三は午餉を喰べている。もう時刻が過ぎたので、喰べているのは彼一人。給仕には妹娘の津留が坐っていた。
「もう少し悠くり召上れな、それでは喉へつかえてしまいますわ」
「そんな声を出さないで下さい」泰三は箸を持った手で津留を制止し、その箸で醤油注ぎをひっくり返したので、慌ててそれを起こしたとたんに汁椀をはじき飛ばした、「――悠くり喰べたいんだが、そうしてはいられないんですよ、私はいそぐ必要はないんですがね、飯を下さい、茶がありますか、なにしろ大将がやきもきしている、茶を下さい、茶漬でかっこみましょう、大将は気が短いですからね、貴女だってそう思うでしょう」
「お茶をどこへおかけなさるの、みんなお膳へこぼれてしまいますわ、……あらあら、お袴が濡れてたいへんですわ」