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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
「すぐいって来る」右衛門の両方の眼の眸子が右は右へ左は左へと乖離運動を起こした、「――というと、つまり、その、……おまえは、二時間以上も経つのに、まだ、その、うう」
「いや待って下さいお待ち下さい」
泰三は片手をあげた。そのために箸が飛び皿の焼魚が――といっても殆んど骨だけになっていたが――膳の上へはね返った。
「それについて申上げなければならないんですが、私は此処を十時に出ました、それはもう仰しゃるとおりなので、私は満信さんへ向ってゆきました、それは天地神明に誓ってもいいです、頼まれた以上は責任がありますから、いくら私だってそれほどずぼらじゃありません、満信さんの家は二条町で此処からは北に当るわけでしょう、多少は東に寄っているかも」
「要点を云え要点を、おれは方角などを聞いてはおらん」
「そうですとも、私も方角などはどっちでもいいんです、そこで満信さんのほうへ向っていったんですが、あの原っぱですね、御材木蔵の向うにある草っ原ですが、あそこへさしかかったのが私の運の悪いところだと思うんですが、実を申上げるんですけれども、私は武士としてひくにひかれぬ立場にぶっつかったんです、私が武士でなければよかったんですが、武士である以上は、おそらく貴方でもみのがして通るわけにはいかなかったと思うんですが」