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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
津留は受難者のような顔をしていた、半ばつむった眼を上方へ向け、蒼澄んだような頬をぴりぴりさせ、そして深い苦悩を訴えるかのように、「白い物を引立てるには黒い物がなければならない、泰三さまは自分から進んで黒い役をやっていらっしゃるんです、歯をくいしばって、お兄さまのために、わざと人に嘲笑され蔭口をきかれるんです、……誰もそこに気がつかない、同じ家にいるお母さまでさえ気がついてはいらっしゃらない、そして泰助さまの評判がよくなったことだけを喜んでいらっしゃる、……その裏に泰三さまの悲しい犠牲があることを知ろうともなさらないで……」
津留の眼から涙がこぼれてきた。しめたものである。彼女は自分のその涙が、母と姉とに大きな感動を与えたのを慥かめ、なお沈痛な声音で次のように云った。
「お可哀そうな泰三さま、お可哀そうな……そして、お仕合せな泰助さま」
母と姉はいつか眼を伏せていた。津留はうちひしがれたように溜息をつき、よわよわしく立って、廊下へ出るなりぺろっと舌を出した、そして自分の部屋へはいっていった。……舌を出した、などといえば判断がつくとおり、彼女の言葉はでたらめであった。