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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

彼は自分の部屋のほうへ曲りながら云った、「今は疲れ休めに帰ったんですが、明日から当分は帰れなくなるんです、あ、あの祝言は無事に済みましたか」

「ええ済みましたわ、そのことでわたくしお話があるんですけれど」

「とんでもない、この眼を見て下さい」彼は充血した自分の眼を、津留に指さして見せた、「――このとおり、眠くって眠くって、ぶっ倒れそうなんですから」

「ではお支度を致しますわ」

津留はいっしょに泰三の部屋へいった。そうして夜具をのべ、着替えをさせながら、結婚の晩に母や姉とやり合った問答の始終を語った。だが泰三はまったくうわのそらで、うんうんとなま返辞をし、欠伸をし寝衣になるとすぐさま夜具の中へもぐり込んでしまった。これでは埓があかない、津留は決心をして自分の意志を明白に通告した。

「そういうわけで、わたくしあなたと結婚することに致しましたの、ようございますわね、泰三さま」

「ああ結構、いいですとも」泰三は欠伸をしながら手を振った、「どうも有難う、おじさんには起きてから挨拶にゆきますから、では」

そして掛け夜具を頭からひっかぶった。津留はほっと太息をつき、かなり得意そうでもあり相当に複雑な微笑をうかべ、静かに立ってその部屋を出た。