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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

不躾にも立聞きをしていたらしい、右衛門の渋い顔は、そこでなごやかになり、温厚なおちついた微笑がうかんだ。

「いや結構、男らしくはっきりとよく云って呉れた、これで娘も納得したであろうし、わしもわしの妻もひと安心というものだ、いや忝なかった」

右衛門としては「しめた、厄のがれだ」と叫びたかったろう、だがそれは胸にたたんで、きげんよくその縁談をうち切った。

正確にいうとそれから三日めの早朝、まだほの暗い時刻であったが、泰三はまた台所へとび込んで来た。右衛門の話を聞いてからずっと、彼は夜になると考え事に耽った。昨夜などは殆んど一睡もしない。

――はてどうしたわけだろう、ここまで出ているんだが、……ふしぎだ、どうしても思いだせないというのはどうしたわけだろう。

こんな独り言を云いながら、輾転反側、そのうち猛烈に腹が減ってきて、どうにも忍耐ができなくなり、ふと台所で物音がするのを聞くと、矢も盾も堪らずとび込んでいったのである。

「おいなにか食わして呉れ」

彼はいきなりそうどなったが、ふと見ると、そこにはすでに津留が坐って、なんと茶漬を喰べているではないか。彼は「やあ」