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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

声いっぱいに喚き喚き、津留の部屋へとあとを追っていった。さて、……作者はここで、津留の部屋における、二人の会話を紹介して、この物語を終ろうと思う。

「私はねえ、貴女にぜひ私の妻になって貰いたかったんですよ」泰三はこう云っている、「ところがです、この家のおやじがですね、私にこの家の婿養子になれって云うんです、実にどうも利己的と云っていいかわる賢いと云っていいか、そこは貴女にもわかって貰えると思うんですが」

「どうして利己的なんですの、どうしてわる賢いんですの」津留は泣き泣きこう云っていた、「――わたくし朝の茶漬なんて、少しも乙だなんて思やしませんわ、でも、いつかの朝のことが忘れられず、あのときの思い出のために、あれから毎朝、独りで茶漬を喰べながら……そっと泣いていたんですわ」

恋人の俤を偲んで、お茶漬を喰べながら泣いていたという。これは愛の告白として実に哀切なるものではないか。しぜん泰三の言葉も熱を帯びてきたようだ。

「有難いです、いや嬉しいくらいです、貴女もそこまで私を思っていて下さる、とすれば、私が婿養子の話を断わった気持もわかって下さるでしょう」