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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

などと徒らにこの周章えを周章えまいと自重していた。

兎でも追っていたか、彼方此方を、自然の児となって、縦横に跳びまわっていた騎馬の小姓衆は、どこかで、

「おおういッ……」

と呼ぶ声に、ふと、眸をその方へ放ってみると、自分らの仲間とも思われぬ絢爛美衣の一貴人が、鞭をあげてさしまねきながら、裾野を横に駈けてゆく。

「あッ。良い馬だな」

「誰だろ」

「迅いはず。馬も良いはず。お上だッ」

「なに。御主君か」

天を翔けてゆくような鞍のうえから、信長は此方へ向って、遠い声を張りあげていた。

「小姓ども、小姓ども。追いついてみよ。われと思うものはつづいて来い」

聞くやいな、小姓たちは、

「なにくそ。馬は劣っても、手綱にかけては、負けるものか」

草埃りを蹴たてて、われがちに、信長一騎を追いかけて行った。

上野ヶ原、井手野、富士の裾野の平らかな限りを、駈けに駈け、狂いに狂いして、馬も信長も、汗みずくに濡れた。

「ああ、爽やか」

燃えたつ汗の気とともに信長は空を仰いで云った。甲州在陣中、何か生理的に鬱屈していたものが、はじめて発散したように快適を覚えた。風邪気の微熱が除かれたように軽々した。