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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
05 第五分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页
いかに秘しても、信玄の喪は諸国に洩れた。機逸すべからずである。――上杉は急撃して来た。小田原の北条も態度がちがって来た。なおさらのこと、織田、徳川など、隙さえあれば、領界から侵犯して来る。
偉大な父をもった子は楽ではない。――勝頼はいまさらにそうした立場に置かれた。
しかもなお、彼は父の名を辱めていなかった。
どこの戦でも、五分に戦うか、かならず利を得て帰った。
だから、近頃はまた、
(――信玄が死んだというのは嘘かもしれぬ。やがて、何かの大機会に、晴信入道信玄ここにありと、忽然、世にあらわれてくるのではないか)
と、いうような疑心暗鬼のうわさが、諸国にみだれ飛んでいるくらいだった。
以て、彼がここ三年の、信玄亡きあとの努力と経営は窺われる。
「御出陣の前に、美濃守どのと、昌景どのが、しばしの間、お目通りを仰ぎたいと、申し出られておりますが」
はや立とうとしていた折である。穴山梅雪から勝頼へこういう取次があった。
馬場美濃守も山県昌景も、ふたりとも父以来の功臣である。勝頼は、ふとこう訊ね返した。
「両名とも、出陣の身支度は、ととのえておるか」
「鎧うておられます」