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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

五十八

」

「女房が――死んだ。」と、学士は鋭く口早に言返す。

「二歳になった小児は棄てる。」

「…………」

「木賃泊りの天井裏に、昼は内に潜って、夜になると、雨でも、風でも、稲葉屋の周囲を、胡乱つき廻って、稲荷さんの空地に蹲んでもいりゃ、突当りの黒塀に附着いて立明す……そうして声を聞く、もの音を考えるですだい。

過日来から、隣の家が空いたですで、この頃では、大概毎晩、あの空屋で寝ているですだ。」

「空屋でかい。」

と、驚いて云う。

「国手、お前んはまた毎晩のように、蛇が蟠を巻いておる上で、お孝といちゃついてござる勘定だ。

が、俺の方は、おっけ晴れて、許して縁の下へ入れて置いて貰う方が、隠忍んで隣の空屋に潜るよりかも希望ですだ。」

襟の辺を引掻くと、爪を銜える子供のように、含羞む体に、ニヤリとした、が、そのまま、何を噛むか、むしゃむしゃと口舐ずる。

五十八

「まだ慾の言えば、お前んとお孝と対向で、一猪口飲る処をですだ、敷居の外からでも可い、見ていたいものですだ。

お孝を俳優で、舞台だ思えば、何としていられても、顔を見て声を聞く方が、木戸に立って考えとるより増だからな。」