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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
綺麗な花
六十四
「危えッ!」
危え、と蔵の屋根から、結束した消防夫が一人、棟はずれに乗出すようにして、四番組の纏を片手に絶叫する。
その下に、前と後を、おなじ消防夫に遮られつつ、口紅の色も白きまで顔色をかえながら、かかげた片褄、跣足のまま、宙へ乗って、前へ出ようと身をあせるのは清葉であった。
「放して、放して。」
この土蔵一つ、細い横町の表から引込んだ処に、不思議なばかり、白磨の千本格子がぴたりと閉って、寐静ったように音もしないで、ただ軒に掛けた滝の家の磨硝子の燈ばかり、瓦斯の音が轟々と、物凄い音を立てた。
「蔵は大丈夫だ。姉さん、危い。」とまた屋根から呼ばわる。
取巻く、人数が、
「退いた、退いた、退いた。」と叫ぶ。
薄藤色の出の衣服の、肩を揉んで身をあせる、火の粉は紅梅のごとく衣紋を切って散るのである。
「蔵じゃない、蔵の事なんかじゃないんだよ。」
「箪笥は出したい。出来るだけ出した。」
「内の人たち。」と、清葉はもう声が涸れる。
「乳母は、湯に入っていた処だ、裸体で遁げた。」
「娘さんも小婢も遁がした。下女どんは一所に手伝った。」
「何しろ火が疾い。しかも火元が裏家の二階だ。