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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

九

」

「はあ、ほんとうに評判よ。」

「いいえ、滅相な、お世辞ではございませんが、貴女方に誉められます処を、亡くなった亭主に聞かしてやりとうございます。そういたしましたら、生きてるうち邪慳にしましたのをさぞ後悔することでございましょう。しかしまた未練が出て、化けてでも出ると大変でございますね。」

お千世が襦袢の袖口で口を圧えて、一昨年の冬なくなったその亭主の、いささか訛のある仮声を使う。

「松蔵どんやあ。」

「わい。」

と叫んで、飛上ると、蜜柑の空箱を見事に一個、がた、がたんと引転覆して、松小僧は帳場口へどんと退って、

「女房さん!」

「ああ、驚いた。何だい。」

不意打に吃驚して、女房もぬッと立って、

「何だねえ、お前、大袈裟な。」と立身に頭から叱られて、山姥に逢ったように、くしゃくしゃと窘んで、松小僧は土間へ蹲む。

「見たか、弱虫。」

お千世は白い肱をちらりと見せ、細い二の腕を軽く叩いて、

「可い気味さ。」

「何だね、お前さん。」と、余所の抱妓でも、そこは姐さん、他人に気兼で、たしなめる。

「だって、いつも人魂の土蔵の処じゃ、暗がりで私を威すんですもの。」

九

「まあ、貴女方、どうぞ、まあ。