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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
お孝は胸に抱いて仰向けに接吻していた、自分のよりは色のまだ濡々と紅な、お千世の唇を放して、
「お湯を頂きましても可うござんすか、旦那。」
と信八郎氏に手をついて言う。
渠は挙手の礼を返して、
「御随意に、盃をなすって可い。」
茶棚に背後向きになった肩を拊つばかり、ハタとそこへ、縁起棚から輝いて落ちたのは、清葉が、前に翳したままそこにさし置いた舞扇で。
ふとここに心付いたらしく、立って頂いて、同じ縁起棚から取った小さな紙包み、(同妻。)の手巾の端を、湯呑に落して素湯を注いだ、が、なにも言わず、かぶりと飲むと、茶碗酒が得意の意気や、吻と小さな息をした。その中に黒子を抜いた時の硝酸が入っていた。
「姉さん、遺言を聞いて下さいな。」
「生命に掛けます、お孝さん。」
その時、舞扇を開いた面は、銀よりも白ずんだ。
お千世は玉の緒を繋ぎとめた。
葛木が、生理学教室に帰ったのは言うまでもない。留学して当時独逸にあり。
滝の家は、建つれば建てられた家を、わざと稲葉家のあとに引移った。一家の美人十三人。
清葉が盃を挙げて唄う、あれ聞け横笛を。
――露地の細路駒下駄で――
大正三(一九一四)年九月