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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
余り評判のよくない阿婆が、台所から跨込んで、帳面を控えて切盛する。其奴の間夫だか、田楽だか、頤髯の凄まじい赤ら顔の五十男が、時々長火鉢の前に大胡坐で、右の叔母さんと対向になると、茶棚傍の柱の下に、櫛巻の姉さんが、棒縞のおさすり着もの、黒繻子の腹合せで、襟へ突込んだ懐手、婀娜にしょんぼりと坐っているのが毎度と聞く。可哀そうに、お千世は御飯炊から拭掃除、阿婆が寝酒の酌までして、ちびりちびりと苛められる上、収入と云っては自分一人の足りない勝で、すぐにお孝の病気の手当に差響くのに気を揉んで、言い憎かろう。我が口から、
「若干金でも。」と待合の女中に囁く。
不思議な事は、禍だか、幸だか、お孝の妹分と聞いただけで、その向きの客人は一目を置き、三舎を避けて、ただでも稲葉家では後日が、と敬遠すること、死せる孔明活ける仲達を走らすごとし。従ってちっとも出ない。その為に、阿婆の寝酒はなおあくどい。あわれがって、最惜がって、住替を勧めても、
「私が出ますと姉さんが。」
とお孝を案じて辛抱する。その可愛さも知れている。それだのに、お千世に口の掛からない時は、宵から、これは何だ、と阿婆が茶の缶の錻力を、指で弾いて見せると云うまで、清葉は聞伝えているのであった。