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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

「……素人はこれだから困るねえ」

と老人は重い口を開いた。

「素人?」

そのとき僕はハッキリと自分の失策に気がついた。僕は証拠物件を手に入れることに夢中になっていたので、その時計や貨幣の上に残っていたろうと思われる指紋のことには一向気がつかなかったのだった。僕はその時計を、うっかりしてそのまま手づかみで拾い上げてしまったのだった。それから後も、僕は何度となくその時計を手づかみにした。そのために、折角大事な指紋がついて居りながらそれを滅茶滅茶にしてしまったのだった。探偵小説作家を自任して居りながら、なんという迂濶なことをやったものだろう。これでは素人と何のかわるところもない。いや予て知っていながら、うっかりやっちまっただけに、自分の粗忽加減に只呆れるより外なかった。

「指紋を滅茶滅茶にしてしまって、どうも残念です」

「うん、指紋はこれじゃ仕様がないねえ」老人は案外あっさりと返事をした。その語勢には、なにか外に、もっと別の言葉を期待していたように聞えた。僕が怪訝な面持で、老人の顔を見詰めていると、「深夜の市長」は急にニヤニヤ笑いながら、

「お前さんは、右のポケットにナイフを持っているだろう。