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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

そのとき失敗ったと思ったが、こう早くお相手を仰せつけられようとは思っていなかった。僕は「黄谷青二氏」の方には一足先へ帰って貰うことにし、浅間信十郎になり澄してお交際をした。もう一回、もう一回と負けた相手が挑戦するので、時間は頗る長引き、解散となったのが十一時だった。お蔭で朝のうちに考えておいたその夜の予定は、すっかり狂ってしまった。

実はその朝出かけるときに、「深夜の市長」から預ってきたボロ布包みを、勤め先まで持っていったものかどうしたものかと思い迷ったのであるが、結局持ってゆくには行っても、そんなボロ布包みを、年増女にしろ虎御前にしろ、気持よく盃をあげているだろうひとに手渡して頼むのは、人情としてどうも気が進まないので、夜帰ってきてから考え直そうと思ったのであった。しかるに唯今は、もう十一時をかなり廻ったから、帰ってまた銀座裏まで出直すのは億劫だし、そうかといって手ぶらでは行っても仕方がないしと、後悔しているところへ、丁度流して来てピタリと目の前に停った円のタクというのが、まるで辻占いのようにわが家の方角へ向いていた。それでは「家へ帰ろうか」というので、僕はそれに乗り、浅草のわが家へ向けて走らせた。