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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

なぜなら、時計は午前九時を十五分ほども廻り、役所の出勤門限はもう間近かに迫っていた。残り少い時間のうちに、どんな手段によって出勤簿の前に到着するかということが、目下の一大問題だったのである。

「円タク来い、円タク来い。それも36年型の素晴らしいやつよ、来い来い。車体の胴中に天馬のような羽根が生えているやつなら、五円ぐらい投げだしてもいいぞ」

ところが意地悪く出来あがっているもので、いつもの朝とはこと違い、いくら待っても円タクの姿が一台も現われて来ない。苛々しているうちに、時計は馬鹿正直にまた五分ほど廻った。

「旦那、安くゆきましょう」

不意に横丁から、一台の円タクが飛びだして来た。円タクはいいが、ボロボロの生き残り車だ。誰が乗るものか。と……思ったものの、ほかのを待てば、いつになったら現われるか分ったものではない。仕方がない。これが今日の運勢なんだろう。諦めが肝賢だ。

「おいオジサン、この車でも走るかい」

「走るかいとは腹が立つね。走り方が気に入らなかったら銭はいりませんや」

「よし、それでは僕を乗せて、ちょっと走ってみてくれ、お銭はその上で決めるよ。……ほら、向うへ走るんだ」